日本危機管理学会が第32回年次大会
危機管理学の「新たな局面」議論

 日本危機管理学会は2023年5月21日、第32回年次大会を開いた。東京・有楽町の会場とオンライン会議システムをつなぎ「ハイブリット形式」で開催。冒頭、新西誠人理事長(多摩大学専任講師)は、新型コロナウイルス感染症のパンデミック(世界的大流行)やロシア・ウクライナ情勢などを念頭に「予想もしなかったことが立て続けに起きている」と指摘。「新たな局面でどのように危機管理をしていくか、活発な議論を期待したい」とあいさつした。

自由論題報告

(1)燕三条における起業ダイナミズム

 謝凱雯・新潟国際情報大学准教授、榊原一也・国士舘大学教授

 起業活動が活発な新潟県燕三条地域をケーススタディとして、人口減少など地域経済における危機について考察。地域経済の閉塞感を打破するカギの一つが起業活動にあると指摘した。

(2)都市の「サステナブル評価指標」に関する調査研究

 増田幸宏・芝浦工業大学教授、藤澤青葉・芝浦工業大学修士課程

 レジリエント(強靭性を有する)でサステナブル(持続可能)な地域自治体に求められる資質について、①連携力②環境適応力③次世代対応力―の三つを指摘。また、各自治体の防災計画における輪郭を捉える「日本版サステナブル評価指標」を提示したほか、「評価・情報共有プラットフォーム」構築の必要性を強調した。

(3)「『孫子の組織』のオントロジーマッピングによる研究」

 神藤猛・東京工業大学研究生

 組織の存続につながる普遍的法則と、複雑な利害衝突の解決について書かれた「孫子13 篇」の知的枠組みを考察。①目的を推論におく②明示的で体系的な手法に従って推論する③結果の不確実性を評価する④用兵の法と呼ばれる一連の推論のルールを厳守する―といった構造(科学性)が確認できると指摘した。

(4)ケニア視察報告

 安藤裕一・GMSSヒューマンラボ代表取締役、筑波大学ヘルスサービス開発研究センター客員研究員

 幅広い市民に健康を届けるという理念に基づく「ヘルシーホスピタル構想」でケニアに渡航。①ジョモ・ケニヤッタ農工大学との国際交流協定②CLC(Community Learning Center)ワークショップ③A-GOALプロジェクト④卓球バレ―などの活動について報告した。

統一論題「新たな局面を迎える危機管理学―期待される役割と社会への貢献を考える―」報告

(1)歴史から見える地政学

 高橋利明・リコー経済社会研究所主任研究員

 地政学の歴史を概観した上で、これからの地政学では「グローバルサウス」の国際バランスなどがカギを握ると指摘。過去の歴史を参照しながら国際紛争の予兆を察知することや、技術開発競争に際して対立国のバランスを考慮することの重要性を強調した。

(2)VUCA時代に企業が生き残るためのマネジメント

 下平拓哉・事業構想大学院大学教授

 予測困難な時代に企業が生き残るヒントとして「100年企業」の特徴を分析。過去に学びながら企業理念を時代に即して適切に修正していくために、①Observe(観察)②Orient(情勢判断)③Decide(意思決定)④Act(行動)―というサイクル「OODA」が有用であると指摘した。

(3)「危機管理」への再認識

 原田泉・危機管理学会名誉会長

 社会環境の変化が著しい昨今の状況を踏まえ、「危機管理学会が議論の対象とすべき危機とは何か」と問題提起。危機管理学が社会的役割を果たすためには、目的の再確認が必要だと指摘した。

 原田名誉会長の問題提起を受けて、謝凱雯氏、榊原一也氏、増田幸宏氏、藤澤青葉氏、神藤猛氏、安藤裕一氏、高橋利明氏、下平拓哉氏がパネルディスカッションを行った。

 一つ目のテーマ「危機管理の新しい局面とは」について増田氏は、「科学的知見や根拠が定まる前に行動に移さなければならなくなった」と指摘。下平氏は新旧の価値観・技術などが複雑に混ざり合い対立構造を生む「ハイブリット化」が起きていると分析した。

 一方、高橋氏は「サイバー空間や経済制裁など目に見えないリスクが増大している」と述べ、そうした状況に対処するため「インテリジェンス」の重要性が増していると強調した。神藤氏は、人工知能(AI)の進化が行政や民間の判断に影響を及ぼすと指摘。便利になる一方で、新たな危機を生むのではないかと警鐘を鳴らした。

 もう一つのテーマ「我々の社会的役割と貢献」については、謝氏と榊原氏が経営者の意思決定を支援することの意義について説明した。また、藤澤氏は危機を事前に察知し組み込めるマネジメントが重要だと強調した。安藤氏は①科学的・論理的に危機の「想定外」を減らすこと②人類全体や社会全体など幅広い対象に貢献すること―を挙げた。

 増田幸宏会長は一連の報告と討議を受けて、「危機管理学会ならではの報告が行われ、さまざまな視点から活発な議論がされた」と統括した。

 なお、日本危機管理学会は年次総会で下記の人事を決定した。

 幹事 謝 凱雯

 (注)新任のみ掲載

【日本危機管理学会事務局】