第31回年次大会を開催
「新しい資本主義時代の危機管理」を考える
日本危機管理学会は2022年5月21日、第31回年次大会を開いた。東京・有楽町の会場とオンライン会議システムをつなぎ、初めて「ハイブリット形式」での開催となった。冒頭、原田泉会長(清泉女子大学 非常勤講師)はロシア・ウクライナ情勢などを念頭に「今般の世界情勢を鑑みると、危機管理がさらに重要性を増す」と指摘。「(会員が)活発に意見を交換し、切磋琢磨していくことを期待したい」とあいさつした。
1.自由論題報告
(1)金山勉氏(摺河学園 姫路女学院中学校・高等学校 副校長)「MLB2021 大谷翔平の活躍とフェイク・ニュース環境」=米大リーグの2021年シーズンは、当初こそ大谷選手に対しネガティブな報道が見られたものの、大谷選手の活躍はそれを覆した。フェイクニュースが氾濫する情報環境の中で、ネガティブな報道を修正する力学の存在について考察。
金山氏は①激変したメディア環境と「世の中の出来事」の伝えられ方②メディア環境・社会環境と理論の変化③フェイクニュースの時代に「大谷は何を示してくれたのか」―などを解説。「ポスト真実」の時代には、「グローバルなヒストリー」の捉え方が真実を示す力を持つ可能性があると指摘した。
(2)村上智章氏(広島国際大学 准教授)「災害と祭り」=「祭りの盛んな地域は災害に強い」という知見を基に、地域の危機管理を考察。
村上氏は災害と祭りの関係について①祭りの由来に災害が関わっている②災害により甚大な被害を被った人々が祭りの実行・継承を強い思いで実現している―などの例を挙げた。また、「祭りの営み」と「災害対応」には準備・実行・撤収・継承というサイクルがあり、共通点が見られると分析。地域防災における祭りの重要性を指摘した。
(3)謝凱文氏(三条市立大学 准教授)「COVID-19の制約下における企業家のビジネス危機と機会―台湾中小企業の事例を通して―」=COVID-19が収束する見込みが立たない中、企業経営者にはどのような危機管理が求められるのかを考察。陳志坪氏(国立高雄科技大学 准教授)との共同研究。
謝氏は、台湾は政府が主導しCOVID-19をうまく抑え込むことができた一方で、経済活動は大幅に縮小したと指摘。主要産業の状況や中小企業3社の対応事例を紹介した。その上で、①企業や企業家の過去の経験値が危機対応能力につながっている②コロナ危機が自社のビジネスを見つめる機会となった―などの分析結果を明らかにした。
2.統一論題「新しい資本主義時代の危機管理―気候変動・テクノロジー・経済安全保障―」報告
(1)芳賀裕理氏(リコー経済社会研究所 研究員)「ウクライナ紛争 迫られる日本企業の危機管理―対中ビジネスも岐路に―」=ロシアにおけるウクライナ侵攻の影響で、エネルギーの6割をロシアに頼る欧州連合(EU)は甚大な打撃を受けた。仮に中国が台湾侵攻を決断した場合、多大な影響が予測される日本企業には、どのような危機管理が求められるのかを考察。
芳賀氏は①ウクライナ侵攻までの経緯と現状②ロシア経済の現状③ロシアに対する各国の経済制裁④ウクライナ危機の関係国―などを解説。その上で、日本企業も米中対立の激化をにらみ、生産拠点やサイバーセキュリティ対策について再検討が必要だと指摘した。
(2)下平拓哉氏(事業構想大学院大学 教授)「新領域の拡⼤とゲームチェンジャー技術をめぐる諸問題への対応」=気候変動や経済安全保障問題など、日本をめぐる国際情勢は厳しさと複雑さを増している。日本の平和と安全のために、どのような危機管理が求められるのかを考察。
下平氏は①将来の軍事バランスを一変する「ゲームチェンジャー」②第6の戦場「認知戦」③第5の戦場「サイバー戦」―などを解説。サイバー戦など戦場や戦闘の概念が多様化する中、安全保障分野において技術力の重要性が増していると指摘した。また、日本はいずれの戦場でも後れを取っていると警鐘を鳴らした。
(3)原田泉氏「『世界の分断とわが国の危機管理』-経済安全保障の先にー」=ロシアによるウクライナ侵攻は、既存の国際秩序を力で変更する試みであり、世界の分断を深刻化させている。こうした情勢の中、日本の今後の採るべき危機管理は何かを考察。
原田氏は①現状認識と問題意識②自由民主主義諸国と権威主義諸国との分断③米中の覇権争い④経済安全保障―などを解説。日本は対中国の経済安全保障の強化に加え、更なる国際情勢の変化に応じて危機管理を考え直す必要があると指摘した。一方、安全保障に関する議論は合理的な判断を度外視し、感情に左右されがちであり、冷静な判断が必要であるとも強調した。
(4)原田泉氏、増田幸宏氏(芝浦工業大学 教授)、中野哲也氏(リコー経済社会研究所 研究主幹)、下平拓哉氏、松林薫氏(大和大学 教授)が、統一論題をテーマにパネルディスカッションを行った。
増田氏は環境問題の考察から口火を切った。省エネは安全保障上の自立性を高める側面があると指摘。気候変動がもたらす影響の予測は難しく、危機管理を行う専門人材の重要性が増していると述べた。
中野氏は自由主義国家と専制主義国家の対立への考え方を述べた。①気候変動②少子高齢化③社会の分断―という3つの課題に対し、自由主義国家と専制主義国家が協力しないと解決できないと強調した。
松林氏はグローバル化の時代が変わろうとしていると指摘。世界を一つのルールでくくるのではなく、それぞれの国の制度やルールを尊重しつつ、国と国との関係を深めていく必要性を示した。
原田氏は米国一極時代が終わり、中国の台頭を受けて資本主義のあり方が問われていると問題提起。国家主義的な資本主義を取り入れた中国がグローバリズムを推進していると指摘した。
下平氏は安全保障の観点からは、世界をホッブズの言う「自然状態(万人の万人に対する闘争)」ととらえるべきだと指摘。周辺国との間で軍事力や経済力などパワーバランスを意識した政策を進めていくべきだと強調した。
パネルディスカッションで議論を交わすメンバー
(注)左から原田氏、松林氏、中野氏(オンライン)、増田氏、下平氏
(出所)日本危機管理学会事務局
年次大会の最後、新会長に就任した増田幸宏氏が「幅広いジャンルの報告が行われ、さまざまな問題提起がされた。今後もこれを継続し、学会の活動を繁栄させていきたい」と統括した。
なお、日本危機管理学会は年次総会で下記の人事を決定した。
会 長 増田幸宏
副 会 長 中野哲也
理 事 長 新西誠人
常任理事 大森朝日
理 事 金山勉、芳賀裕理
名誉会長 原田泉
(注)新任のみ掲載
【日本危機管理学会事務局】