第30回年次大会を開催
「with/afterコロナ時代の危機管理」を議論
一般社団法人・日本危機管理学会は2021年5月23日、第30回年次大会を開催した。コロナ禍に伴い、初のリモート形式となった。冒頭、原田泉会長(国際社会経済研究所上席研究員)が「時代の経過とともに新しい危機が生まれ、(コロナ禍以降)ますます危機管理の重要性が増している。これに対し、新しい会員が新しい発表をすることは大変喜ばしい。新しい課題に対して活発な研究を期待したい」とあいさつした。
1.「自由論題」報告
(1)米村大介氏(リコー経済社会研究所研究員)「ディープフェイク時代の危機管理」=ディープフェイクはAI(主にディープラーニング)技術を利用して作成した偽物(=フェイク)のデータ(認証情報・画像・文章・音声)である。 年々巧妙化し作成も容易になる中、どのような危機管理が求められるのか。
米村氏はディープフェイクの現状を①ディープフェイクを活用した事例②フェイクが巧妙化する理由③ディープフェイクへの対応を強める各国政府④「見破れないフェイク」時代への準備―などと解説した。その上で、「フェイクが拡散する」前提で危機管理が必要だと指摘。具体策として、「信頼される」ファクトチェック組織や、デジタルデータに常にタイムスタンプを付与するインフラ、拡散被害に対する保険を提案した。
(2)西田慎太郎氏(法政大学大学院政策創造研究科・博士後期課程)「成熟期における企業のリスクテイキングと企業業績に関する一考察」=企業の成熟期におけるリスクテイキングと企業業績の関係を明らかにし、どのようなリスクテイキングが求められるかを考える。
西田氏は「リスクテイキングの指標」と「リスクテイキングと企業業績の関係」の先行研究を解説した上で、2つの仮説を提示した。それを分析・検証した結果、新たなリスクテイキングの指標としてROIC(投下資本利益率)の標準偏差を利用することで、新たな視点によるリスクテイキングと企業業績の関係を示唆した。また、成熟期の企業に焦点を当て業績とのタイムラグを設けることで、タイムラグを考慮した場合のリスクテイキングと企業業績の関係を明らかにした。
(3)岩井克己氏(倉敷芸術科学大学元客員教授)「経済安全保障と情報機関の役割」=デジタル社会の安全保障のあり方やリスク・マネジメントを考える。
岩井氏は、経済安全保障における①米中対立の動向②各国の情報機関の動向③日本における被害事案④日本企業のリスク対策―などについて解説した。その上で、高度デジタル社会においては、各国の情報機関によるサイバーインテリジェンスを駆使した情報漏洩事件やサイバー攻撃が増加しており、日本も高度な防御体制の構築が迫られている。ただし、高度な防御体制もまずは、リスクに対する人の管理や意識改革から始まると提言した。
2.統一論題「with/afterコロナ時代の危機管理」報告
(1)下平拓哉氏(事業構想大学院大学教授)「ウィズコロナの米中関係とQUAD+αの役割」=新型コロナウイルスの感染拡大が収まらず、世界的な地域秩序の動揺も高まる中、日本は各国とどのように連携強化すべきか。
下平氏は①新型コロナ感染者の状況②米中対立の現状(南シナ海、台湾、米中外相会談など)③世界の中国に対する見方(G7外相会談、日米豪印首脳テレビ会議など)④各国の安全保障の現状(欧州がアジアへ艦船派遣、英国「安保・国防・外交政策統合レビュー」など)⑤安全保障と経済(日米印豪の合同海上演習「Malabar」、RCEP=日中韓や東南アジア諸国連合(ASEAN)など15カ国が参加する地域的な包括的経済連携=など)―などを解説した。その上で、中国の地政学的な位置は変わらないため、日本は各安全保障だけでなく、経済でも各国と協力すべきだと強調した。また、RCEPに米欧やインドを取り込む重要性なども指摘した。
(2)新西誠人氏(リコー経済社会研究所主任研究員)「ユーザビリティと行政DXに関する一論考」=新型コロナウイルスの感染拡大によって、各国政府の危機管理能力、とりわけデジタルトランスフォーメーション(DX)の巧拙が明確になった。今後、政府にはどのようなデジタルサービスの提供が求められるのか。
新西氏は①国連の電子政府ランキング②日本の状況(給付金・ワクチン接種の混乱、デジタル庁創設など)③アクセシビリティとユーザビリティ(定義、日本の現状、デンマーク・米国の「人間中心設計(HCD)」など)―などを解説。その上で、日本は①ユーザビリティを目指すべきではないか②オンライン行政サービスの企画・設計段階からユーザーを取り込んではどうか③市民をパートナーとして電子政府を進めるべきではないか―などと提言した。
(3)大江ひろ子氏(英ボーンマス大学ビジネススクール・シニアアカデミック/山岡泰幸氏(放送大学研究員)「データアナリティクスの課題と展望:公開二次データを用いたコロナ陽性者数の推計の試みから」=免疫学の数理モデルには、SEIRモデルなど精緻なモデルが既に存在するが、それに使用されるデータは医学研究所などの専門組織しか知り得ない。このため、厚生労働省オープンデータという公開情報を用いて、統計的に導かれる結論から政策的示唆を模索する。
研究チームがオープンデータを用いて重回帰式による分析を行った結果、COVID-19の死亡者数は①入院治療者数(累積)② 最低気温③PCR検査陽性者数(単日)④最低湿度の4つの要素から推計可能なことが分かった。このため、政策主体は気候要因も念頭に置くべきではないかと提言した。また、英国LSEの研究成果から、1918年スペイン風邪では緯度が全体の死亡率の主な説明変数であるなどと指摘し、今後の日英西の共同研究の方向性を紹介した。
(4)竹井敦志氏(芝浦工業大学大学院理工学研究科建設工学専攻・環境基盤研究室)/増田幸宏氏(芝浦工業大学システム理工学部教授)「廃棄物計画におけるICTを活用した合意形成手法の検討」=新型コロナ感染症の流行下においても、廃棄物計画における合意形成プロセスに支障が出ることがないように、オンライン会議ツール等のICTを活用した新しい合意形成手法について検討する。
竹井氏は①廃棄物計画における合意形成②廃棄物処理施設整備の現状と今後の動向③施設整備過程の分析④ICTを活用した合意形成手法の検討―などを解説。新型コロナウイルス感染症の拡大により、情報交流の場としてのフォーラムの機会損失が懸念されると指摘した。その上で、地域価値創出型の廃棄物処理施設の実現に向けて、多様なニーズの把握とエネルギー利活用に関する住民への詳細かつ丁寧な説明が必要になると強調。また、オンライン・オンデマンド形式の住民説明会と、従来の対面形式の併用が望ましいと提唱した。
年次大会の最後、中野哲也理事長(リコー経済社会研究所研究主幹)が「当学会らしく、幅広いジャンルの報告が行われ、専門分野の垣根を越えて活発なディスカッションが繰り広げられた。縦割りが社会の隅々まではびこるが、垣根を越えて知見を組み合わせることにより、イノベーションが生まれてくるはずだ」と総括した。
【日本危機管理学会事務局】